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青い森の旅物語 三内丸山遺跡

「縄文人」の住処を訪れて
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歴史を辿ると
実際に、そんな生活があったとは
信じ難いことばかり
近代では、70年ほど前に
世界戦争があったこと
明治維新、150年前までは
ちょんまげ、切り捨てゴメンが
まかり通っていたこと
封建制度、内乱、飢饉、下剋上
そんな世相の下でも
様々な日本文化が育まれて来た

古代史は
その後、複雑化する時代に比べ
比較的分かり易い
人間の生活が極めてシンプルで
自然に即したものであるから

青森への旅を思い立った理由のひとつは
この遺跡を訪れてみたいという思いが
ずっとあったから

文明の起源には
人間の本来の生活のカタチと
社会の仕組み
創造性
宇宙観
「人間とは何か?」
という、哲学的問いに対する
答えがあるような気がする




竪穴住居
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先日、小6の息子の社会科の参観があり
まさに今、彼らは、縄文文化を学習中で
教材に「三内丸遺跡」のイラストが使用
されていた!
実際、現場の空気に触れて来たばかりの
息子はゾクゾクして授業を受けているのでは?
と、そのシンクロ現象に驚きを隠せない x( ;∀;)x

時間を遡ると
約5000年前から4000年前
(縄文時代中期)
この地に定住生活が営まれていたとされる
日本最大級の集落遺跡
そのスケールの大きさは
東京ドームの約9個分にあたる

縄文時代の起こりは
約1万数千年前とされ
それ以前は地球の氷河期にあたる
「旧石器時代」
マンモス、オオツノジカなど
大型動物の狩猟
洞窟や岩陰で生活をし
季節ごとの移動生活をしていたとされる

⇒マンガ「はじめ人間ぎゃーとるず」
 描かれている世界

氷河期が過ぎ
地球が温暖化すると
大型動物が姿を消し
人々の生活にも変化が現れ始める
それが縄文時代の始まり

【縄文時代の特徴】
 ●土器を使う
 ●弓矢を使う
 ●定住生活



竪穴住居とは
①地面を掘りさげお皿のような浅い穴を作り
 (パイ皿のようなカタチ) 床にする
②柱を立てる     ↑↑↑
③柱の上に梁を組む  ↑→↑
④屋根の骨組を作る  ↗→↖
⑤カヤ、木の葉、土などで屋根を作る





大型住居
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住居内部
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この大型住居 (長さ32m/幅9.8m)
数家族が共同生活していたのか
共同作業所、集会所であったのか
その建築技術には
驚きを隠せません!




大型堀立柱建物


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このラグビーゴールのような建物
- 丸太を地面に付き立て
- 床をはり
- 屋根をのせた
 3層構造

クリの木 (直径1m) が4.2m間隔 x 6本
長方形に配置されています

神殿?
物見櫓?
モニュメント?
巨大なぞの建造物





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遺跡内は広大で、この日は北風が冷たく
現代人としては
ダウンジャケットなくして歩き回れない
寒さ〰
縄文の人々は、植物の葉から糸を作り
布を織り、衣服をまとっていたとありますが
この北の地での生活は
さぞかし寒かったであろうと
その時代
祖先の人々の生活環境の厳しさ、忍耐力は
半端ではないです!

縄文時代は約1 万年以上続いたとされ
食料確保の困難さ
自然の厳しさにもめげず
山や海の幸など、自然の恵みに支えられ
大きな争いもなく、互いに助け合い
「平和な時代」であったとされています

生活環境の厳しさを
生き抜くには
協力、助け合いが必須で
結果、平和な時代が長年続くことに
なったのでは

自然が「敵」と「調和」を
同時にもたらした
大自然の摂理

縄文時代に学ぶこと多し!




縄文人が好んで食べた"栗"たっぷり
ソフト栗夢
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あっさりと、美味しいー(*´з`)*






























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by miyukita-ka | 2018-04-21 18:11 | Travel | Comments(0)

きらきら輝く太陽、緑、風がシンクロする風景・・それが至福のとき・・優しい自然に囲まれ日々の出来事を綴ります。パッチワークのように、少しづつ、カラフルに♡


by miyukitta♪
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